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札幌高等裁判所 昭和25年(う)752号 判決 1951年4月09日

控訴申立人 被告人 岩田孝一

弁護人 岩沢惣一

検察官 樋口直吉関与

主文

本件控訴を棄却する。

当審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人岩沢惣一の控訴趣意は別紙記載のとおりである。

第一点について。

しかし原審が認定した事実を摘録して見ると、旭川市新聞配達労働組合では昭和二十四年十二月上旬新聞販売店主側に対して越冬資金七千円の支給等を要求したが拒否されたところから、同月十七日以降の収金を留置する争議手段をとり、同月二十七日には業務管理に入る旨を通告更に翌二十五年一月上旬店主側と団体交渉をしたが折合がつかなかつたところから、更に同月十一日から各販売店毎に順次部分的に同月十四日には全部一斉に不配ストを決行する旨通告したので、店主側に於ては協議の結果店主と各専業配達員の関係を請負契約とみなし各店主から夫々の専業配達員に対し契約解除の通告をした上新聞不配の社会に及ぼす影響の大きなことにかんがみ万難を排して配達を完行する様申合せ、前記組合の斗争委員長であつた被告人の店主である小森勇治郎が組合員になつていない使用人の木竜一徳と共に同月十一日午前五時過ぎ旭川市一条八丁目北海日々新聞社から同日附北海日々新聞二千八十部、同市三条九丁目北海道新聞社旭川支社から同日附北海道新聞二千四百八十部を受け取り、橇に積んで自宅店舗に運搬する途中そのことを知つた被告人は藤本定雄とこれを阻止すべく共謀してそのあとを追い木竜が橇を引いて同市八条八丁目路上にさしかゝつたところを岸田は「一寸待つてくれ」と云つて後から橇に飛乗りあらあらしい言葉で「これは業務管理中の新聞だからこちらえ渡してもらおう」と申向け応じない時は暴行をも加えかねない様な気勢を示して木竜の意思を制圧してその新聞を全部持去り威力を用いて小森勇治郎の新聞販売の業務を防害したというのであつて被告人等が前記の如く不配ストに入ることが正当な争議行為であるとしても更に進んで店主側が配達すべく運搬している途中を擁してこれを阻止するため威力を用いてその新聞を持去り店主の業務を妨害したのは労働組合法第一条第二項に所謂同法の目的を達成するためになされた正当な行為とは認められないから、刑法第三十五条の場合に該当しないものというべく、原審が右所為に対し同法第二百三十四条第二百三十三条を適用したのは正当であつて理由のくいちがいもないから論旨は理由がない。

第二点について

証拠調を終つた証拠書類又は証拠物はこれを遅滞なく裁判所に提出すべく、提出された証拠物でまだ押収されていないものは裁判所がこれを訴訟関係人から領置することになるのであるが、裁判所が必要ある場合に証拠物をその保管に移すについて押収手続によることゝし押収品目録の作成等の規定を設けているのはその物に対する権利関係を明確にし権利の不当な侵害をひき起さないようにするためであつて、検察官が当該事件の証拠として集めた書面の意義が証拠となる証拠物であつて、その性質上返還の必要ないものは必ずしも押収手続によらないでこれを証拠書類の取扱に準じ適宜記録に編綴して保管することは法の禁ずるところでないと解する。そして所論の証拠物は專ら本件事案の立証に使用するため集められたもので他に必要のないものであり、検察官も証拠書類と同様の取扱で裁判所に提出したものであることは記録に徴し明らかであつて、裁判所がこれを押収手続によらないで記録に編綴したことは何等手続に違反するものではない。また記録を調べて見ると被告人岸田孝一が旭川市新聞販売所代表高木清二に宛てた労働協約従業員側要求事項と題する書面、高木清二から同岸田孝一宛の労働協約販売所側要求事項と題する書面各一通、北海道新聞社と販売業者間の契約書一通、北海日々新聞社と販売業者間の契約書一通を提出する旨記載してあることは所論の通りであり、表現が明確を欠くきらいはあるけれどもこれ等は労働協約従業員側要求事項並びに労働協約販売所側要求事項と題する各書面株式会社北海道新聞社が新聞販売業者と新聞販売契約を締結する場合に使用する契約書と題する書面及び株式会社北海日々新聞社が新聞販売業者と新聞販売契約を締結する場合に使用する契約書と題する書面そのものを証拠として提出した趣旨であることは公判調書の記載と証拠として提出された書面とを対照して見ると自ら判るところであつて証拠物の写を提出したものでないことは明らかであるから論旨はいずれも理由がない。

以上のとおり本件控訴は理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条に則りこれを棄却し、当審の訴訟費用は同法第百八十一条第一項に則り全部被告人をして負担させることゝし、主文のとおり判決した。

(裁判長判事 竹村義徹 判事 猪股薫 判事 河野力)

弁護人の控訴趣意

第一点原判決は刑事訴訟法第三百七十八条第四号の「判決に理由を附せず又は理由にくいちがいがあること」に該当する違法がある。

原判決はその理由において「被告人等はこれを阻止すべく共謀して威力を用いて小森勇治郎の新聞販売の業務を妨害したものである」と認定して被告人岸田を懲役六月執行猶予二年に処したのであるが、右は労働争議の本質を誤り且つ又争議権行使を不当に解釈したものであつて、理由にくいちがいがあると思われる。

本件事実は原判決の理由中にもあるとおり被告人岸田が組合員且つ斗争委員長として所属していた旭川市新聞配達労働組合が昭和二十四年十二月上旬新聞販売店主側に対して越冬資金七千円の支給等を要求したが拒絶されたゝめ、右要求を貫徹する目的を以て同月十七日以降争議に入つたところ、一方販売店主側ではこれに対抗し同組合員でない者を使用して配達を完行することを申し合せ、被告人岸田の店主である小森勇治郎が非組合員の木竜一徳と共に昭和二十五年一月十一日午前五時過ぎ旭川市一条八丁目北海日々新聞社から同日附北海日々新聞二千八十部、同市三条九丁目北海道新聞社旭川支社から同日附北海道新聞二千四百八十部を受け取りこれを橇につんで自宅店舗に運搬しようとしたので、その事を知つた被告人岸田は原審相被告人藤本と共にこれをそのまゝ放任するときは組合の争議目的を達成し得ないと考え阻止しようとしたゝめ発生したものであつて、それは飽く迄も争議行為であることを念頭におかなければならない。

労働組合法第一条第二項によれば「刑法第三十五条の規定は労働組合の団体交渉その他の行為であつて前項に掲げる目的を達成するためにした正当なものについて適用があるものとする」と規定している。右規定の趣旨とするところは当然争議行為のうち個々の行為が争議でなければ刑法上の罪に問われる行為であつても争議の場合にはその個々の行為がその目的を達成するためにしたものである限り罪とならないことを予想しているものである。勿論一派の論者の如く争議の目的を達成するためには如何なる手段をとるもすべて正当視されると解するものではないが、しかしそのような場合違法性の限界を超えた個々の行為が刑罰法規のどの法条に該当するかは少くとも労働争議については尚考究の余地があるのであつて、刑法上の違法が単純且つ平面的に直ちにあてはまると見るべきでない。

労働関係調整法第七条によれば「この法律において争議行為とは同盟罷業、怠業、作業所閉鎖その他労働関係の当事者がその主張を貫徹することを目的として行う行為およびこれに対抗する行為であつて業務の正常な運営を阻害するものをいう」とあるから争議の基本的な性質としては争議行為によつて使用者側の「業務の正常な運営を阻害する」こと、換言すれば刑法第二百三十四条に該当するような使用者の業務を妨害することである(又そうでなければ争議行為としての実効を収めることができない)。そうであるとすれば労働者が労働組合法第一条第一項の目的を貫徹するためにする労働争議はその使用者との関係において直接業務妨害罪が成立する虞は殆んどないと謂わなければならない。蓋しこのように考えなければすべての労働争議はことごとく業務妨害罪として起訴され処断されることゝなつて憲法および労働組合法等が労働者の基本的人権の一として保障した団結権、団体交渉権およびこれから派生する争議権の行使が全く有名無実のものとなつてしまうからである。これ労働組合法第一条第二項の規定の存する所以であるが、このことは同条項の規定を俟つて然るのではなくてむしろ労働争議の本質からくる当然の帰結なのである。尤も前述したとおり目的のためにはすべての手段が正当視される訳ではなく、そこには自ら限界があることは勿論である。抑々法律上争議行為という実力行動が認められているとすれば、それらに或る程度の威力、威圧が当然介在するものと見なければならない。しかしながら実際において争議行為の過程に直接使用者の業務妨害とは関係のない暴力の行使が往々にしてなされる。傷害、器物損壊、監禁等これである。具体的の事案においてこれらの結果が発生した場合、それが業務妨害罪でないところのその他の刑法各本条の罪を構成するかどうか、これが問題となるのであるが、その場合刑法第三十五条の違法性阻却の限界を超えたものについては刑法上罪となるというのが労働組合法第一条第二項但書の趣旨なのである。このことは権利の行使のためにとられた手段が刑法第二百四十九条に該当するような場合には仮令これによつて達成しようとした目的が正当であつても違法性阻却の限界を超えたものとして罪となるが、しかしその罪は恐喝罪でなくて脅迫罪であるというのと同様である。

そうであるとすれば原審としては被告人岸田と原審相被告人藤本の所為が一般的には小森勇治郎に対する威力業務妨害罪を構成するようなものであつたとしても、被告人等の行為を争議行為と認定した以上、それは威力業務妨害罪は構成しないけれども別に暴行罪を構成するかどうかを審判すべきであつたにも拘らず、ことこゝに出でず、検察官が威力業務妨害罪として起訴したのに誤まられ漫然そのまゝの訴因を維持して審理を遂げ、しかも判決において同罪に該当するものとして処断したのは労働争議の本質を極めていない結果法令の解釈を誤つたもので結局原判決は理由を附しないか又は理由にくいちがいのあることに該当するから到底破棄を免れ得ないものと思料する。

第二点原審の訴訟手続には法令の違反があつてその違反が判決に影響を及ぼすことが明かである。

原審第二回公判調書によれば「検察官は証拠により証明すべき事実(中略)をそれぞれ明かにして公訴事実を立証する」と述べ書証として被告人等の参加している労組と旭川市販売業組合との間の本件争議の経過その他全般の事実を立証するため、

一、被告人岸田孝一が旭川市新聞販売所代表高木清二に宛てた労働協約従業員側要求事項と題する書面および高木清二から同岸田孝一宛の労働協約販売所側要求事項と題する書面各一通。二、昭和二十四年十二月九日附旭川市新聞配達労働組合組合長作成名義の決議と題する書面一通。三、同月十七日附前同人作成名義の決議と題する書面一通。四、昭和二十四年十二月二十七日附被告人岸田孝一作成名義の小森勇治郎宛の通告と題する書面一通。五、昭和二十五年一月六日附被告人岸田孝一作成名義の小森勇治郎宛の通告と題する書面。

新聞社と販売業者との間の契約関係を立証するため、一、北海道新聞社と販売業者間の契約書一通。二、北海日々新聞社と販売業者間の契約書一通

昭和二十五年一月十二日午前十時三十分頃西川太郎宅で司法巡査が被告人等の奪取に係る新聞紙を押収したという事実を立証するため。一、旭川市警察署司法巡査坂下新吉外一名作成の差押調書一通。

木竜一徳が被告人等の本件暴行によつて拇指を捻挫したという事実を立証するため。一、柔道整復師関口兵吉作成の証明書と題する書面一通

被告人等が木竜一徳から新聞を奪取する際同人所有の自転車が倒れその打撃によつて同自転車のペタルが破損した事実を立証するだめ、証拠物として。一、自転車ペタルの心棒一箇の各取調を請求した。

被告人及び主任弁護人は右各書面を証拠とすることに同意し右各証拠調に異議はないと述べた。裁判官は検察官の右証拠請求は全部採用する旨決定を宣した。検察官は右各書面を朗読し差押調書、証明書を除く他の書面全部および証拠物を被告人および弁護人に展示したうえそれぞれ裁判所に提出した。裁判官は右証拠物は別紙目録記載のとおり押収する旨決定を告げ書面はすべて本件記録に編綴する旨告げた。

と記され同調書に次いで右取調べにかゝる証拠の中自転車のペタルの心棒については押収品目録が、その他のものについては各書面がそのまゝいづれも提出の順序に従つて編綴されている。

刑事訴訟法上証拠物件に書面の意義が証拠となる証拠物と証拠書類とを如何に区別するかは学説上見解の岐かれているところであるが、証拠書類とは当該訴訟に関し作成され証拠の用に供すべき書類を指すものであつてそれ以外はすべて証拠物と解するときは右に列記した各書面の中(イ)乃至(ト)の各書類はいづれも書面の意義が証拠となる証拠物であると云うことになる。さればこそ原審裁判官は検察官に該書面を朗読させた上、被告人および弁護人に展示させたものと思われる。凡そ証拠物を取り調べ且つこれを差押する場合には裁判官は押収する旨の決定を宣し且つこれについて押収品目録を作成し、その一部は証拠物の所有者、所持者若くは保管者又はこれらの者に代わるべき者に交付しなければならない。さればこそ原審裁判官は右証拠物について押収する旨の決定を宣したものと思われる。ところが右押収決定にもとづいて作成された押収品目録を見ると、そこには前記のとおり自転車のペタルの心棒については記載があるけれどもその他の証拠物については記載がない。すると前記押収決定は自転車のペタルの心棒についてのみされているように考えられる。そうであるとすれば原審の訴訟手続にはその他の証拠物について押収決定なくして差押をした法令違反がある。仮に他の証拠物をも含めて押収決定をしたものとするならば該証拠物については押収品目録がないからいづれにしてもその訴訟手続は法令の違反がある。

次に右書面の意義が証拠となる証拠物について査閲すると、(イ)の各書類には被告人岸田孝一および高木清二の記名はあるが捺印がない。ところで原審第三回公判調書に記載されている証人小森勇治郎の供述によれば右二通の書面について「それは二十三年六月二十三日頃正規の手続はあとでとることにして一応労働協約の下書をつくりその下書に署名押印して成立させたもので……」とあるから、右書面はその時作成された労働協約を定めた書面そのものではなくその写に過ぎないことがわかる。又(ヘ)(ト)の各書面には北海道新聞社および北海日々新聞社の住所商号代表者の氏名は記載されているが、同新聞社と販売契約を結ぶべき販売店側の氏名又は商号が記載されていないのみか同契約書と称するものは不動文字で印刷されているだけであつて、契約条項中契約当事者において記入すべき所要の各欄には何等の記載もない。従つて右契約書と称するものはそれ自身契約書でもなければ契約書の写でもない。況んやこれによつて新聞社と旭川市の各新聞販売店就中小森勇治郎との間に現実そのような契約があつたかどうかを証明するものではない。抑々刑事訴訟法上証拠となるべき書面は原本であることを本則とし、その写を証拠として採用するためには仮令相手方がそれを証拠とすることに同意した場合であつても常に必ず原本の存在および内容の同一性を審査しその書面が作成されたときの情況を考慮して相当と認められた後でなければならないことは刑事訴訟法第三百二十六条第一項所定の趣旨に徴するも明瞭である。然るに原審公判調書によればその第三回調書は勿論他のいづれの部分にも右の手続を践んだ旨の記載がなく、単に被告人等および主任弁護人の同意のみによつて漫然証拠として取り調べていることが認められるから結局原審の訴訟手続には法令の違反があつて以上の違反が判決に影響を及ぼすこと明かであるから、原判決は破棄を免れ得ないものと思料する。

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